大きい命と小さい命

きんぎょ

 お世話になったある方にご挨拶に伺いました。庭で草抜きをされておられたので、一緒にしゃがんで今回の選挙のこと、今後の政治の方向性などについてご意見をいただきました。ふと水の音に誘われて傍らを見ると大きな水槽があり、覗き込むと、なんとも美しい尾ひれを持った金魚がいました。トサキンという金魚で、胴体は握り拳二つ分くらいの大きさですが、そり尾といって反転した尾ひれがなんとも美しいドレープを作り、胴体の前の方まで反り返って優雅です。土佐の天然記念物に指定されている種類とのことです。鮮やかな赤い色に目を奪われていましたが、日除けの陰になって暗い水中に目を凝らすと他にも濃い灰色の金魚もおり、これがやがて鮮やかな赤い金魚に変身すると聞いて再びビックリ!「何千匹の中から選ばれし金魚なんよ。」とのことで、見ている私は「うわ〜きれい〜、うわ〜うわ〜」と、もっとましな誉め言葉もあるでしょうにちょっと興奮してしまいました。横の水槽にもこれまた美しい金魚が数匹泳いでおり、こちらはランチュウとのことで、頭が大きい姿は愛嬌がありかわいいです。「こちらも選ばれし金魚?」と聞くと、やはりそうだとのことで一体数万円するらしく、それが先日盗難にあったそうです。ひとが一生懸命育て上げたのに、それを盗む人がいるなんて許せませんね。  80歳を超えられたこの方が30代の頃に、金魚をたくさん飼っておられたことを私はうっすらと記憶しており、その後すいぶんと長い間、金魚は飼っておられなかったのではないかと思います。その理由はわかりませんが、その間のお仕事がかなり多忙でいらっしゃったことは存じ上げており、世話が大変な金魚の飼育からは遠ざかっておられたのかもしれません。  そこである疑問が湧いてきました。この水槽にいる金魚が選ばれし金魚であるならば「選ばれなかった金魚」はどうなったのかということ。「いらんから捨てる。」とおっしゃるので、「えー、そんなー!かわいそう!捨てるくらいならください!欲しい!欲しい!今度生まれたら、絶対ください!」とお願いすると、「本当に欲しいんか?ホンマに飼うんか?」と聞かれるので、「飼う飼う!ちょうど大きな水槽が金魚を飼おうと思って用意してあるし!」と答えると、「それじゃあ、裏の小屋に行ってみんさい。」と言われました。言われた通り、その方のお宅の裏手に回ると小屋があり、開けて入ってみて驚きました。たくさんの水槽が並び、同じくらいの大きさに分けられた金魚が無数に泳いでいました。「捨てる」というのは冗談で、ちゃんと大切に飼われていました。「本当に飼うのか」と念をおされ、私が「飼う!」と断言すると、「じゃあ、持って帰れ」とおっしゃって、こぶしくらいの大きさの金魚の水槽の前に立たれました。私が慌てて、「そんなに大きいのじゃなくて、小さいのでいいです。」というと、不思議そうにその理由を聞かれたので、「持って帰る途中に弱って死んでしまうかもしれないので、大きいのでなく小さいのがいいです。環境が変わると死ぬかもしれないし、やっぱり大きいのより、小さいのを」と答えると、その方は「ほう、そりゃあ妙なことを言うもんじゃ。大きかろうと小さかろうと、一つの命には変わらんのに。命は命で同じじゃ。」とおっしゃいました。その言葉が私にズシンと響きました。私も金魚の大きさでその命の重みに差があるとは決して思いませんが、ただ単純に、ここまでの大きさに育ててこられたご苦労もあるだろうという視点だけに立って、大きな金魚にもしものことがあっては申し訳ないという考えだったのです。本当に浅はかでした。自らが「がん」を患い、多くの患者さんと一緒に「生と死」を見つめながら、一つ一つの命の大切さをわかっているつもりであったのに、自分自身の不用意な発言に、頭を大きく殴られた感じがしました。そう、確かに、大きい金魚の命も、小さい金魚の命も、一つの尊い命に変わりはないのに!本当に大きな衝撃で、私は「本当にそうね、本当にそう。」と言いながら自分に言い聞かせるように、その方の言葉を何度も繰り返しました。  結局、飼いやすいキャリコという種類で3センチくらいの大きさの金魚をいただきました。驚いたのは、網を入れたら逃げ回るものと思っていたのに、水槽に網を入れると金魚が一斉に網の近くに我先に集まってくるのです。餌をもらえると思って集まるそうで、人間は危害を加えないものと金魚は思っているのでしょう。大げさかもしれませんが飼育者と金魚との信頼関係の表れであると思えました。もう、絶対大切に飼おうと誓い、すぐに夫に電話で連絡し、というのも偉そうに「飼う!」と言っている私は鑑賞専門で、実際に世話をするのは夫なので・・・。  暑い中、自宅まで結構な距離を車で走らなければならず、大丈夫だと言われてもビニール袋に入れられた金魚が大丈夫かと心配でなりませんでした。その私の様子と、金魚の大きさを選ぶ際に「死んでしまったら」と何度も繰り返したためか、私が車に乗り込むと、その方が「家までは充分もつから大丈夫、そんなに弱くないから」とおっしゃってくださり、そして優しく笑いながら、「命というものは、いつかは終わりが来るものなんよ。命には始まりがあって、必ず終わりがある。だから『死』をむやみに恐れちゃいけんのんよ。」と続けられました。私はその言葉が表す深い意味を考えながら、この金魚との出会いがもたらしてくれた大切な時間に感謝しないではいられませんでした。  そして今のところ、しっかりと(夫が)世話をしているので、一匹も欠けることなく元気にキャリコたちは我が家の水槽で泳いでいます。私が水槽の右側に立つとキャリコたちは右側に集まり、左側に移動すると水槽内を移動して左側に集合します。その様子がかわいらしくてたまりません。何よりも私に多くのことを考えさせてくれたこの一件、自分自身への戒めも含めて、ブログに記載しておこうと思いました。



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プロフィール

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1958年5月生まれ
府中中央小学校(安芸郡府中町)、府中中学校、広島県立観音高等学校
1981年 広島女学院大学卒業、
    卒業後住江織物蟠侈
1985年 大阪市立中学校教諭
2003年 乳癌患者友の会「きらら」
    理事長
この頃から「医療=患者+医療提供者+行政でつくるもの」というコンセプトを基に、本格的なピンクリボン活動に奔走。がん検診啓発キャンペーンなど様々なプロジェクトを実践していく。
2008年 広島大学大学院
    総合科学研究科非常勤講師
   (〜2011年)

<家族>
夫、実母
<趣味>
おいしいものを見つけて食べること
花の写真を撮ること
<好きな言葉>
「明日はきっといい日」

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書いた記事数:46 最後に更新した日:2014/07/30

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