参議院選挙

 3年前の2010年の参議院選挙において、本当に私は大きなチャレンジをさせていただきました。結果は御存知のとおり残念な結果に終わりました。私は立候補の際のきららの皆さんに宛てたお手紙に、「普通の市民の私が、一患者が、医療や政治を少しは変えられるということを証明したいと思っています。そして患者さん・御家族、普通の人たちの小さな希望になれればと願います。」と書きました。私のチャレンジに関して、多くの御支援をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
 選挙は感動の連続でした。まさに感動の毎日でした。政治に関わると心を決めた私が一番恐れたのは、これまで一緒にがんばってきたきららの仲間を失うことでした。ですが、多くのきららの仲間が私を支えて下さいました。私もそうですが、きららの皆さんにとっても「選挙」は初めての体験。わからないことだらけの中を、チラシ配りから電話かけまで一生懸命取組んで下さいました。時には厳しい言葉をかけられることもあった中、なれない選挙活動を、心を一つにして頑張って下さいました。雨の中の街頭演説も、街宣車の先へ先へまわって応援下さいました。私の身体を気遣って下さる皆さんの身体のことの方が、私にとっては心配になったこともありました。励まして下さっただけではなく、「生きがいをありがとう」とお言葉をかけて下さる方もありました。私のチャレンジに関して御支援いただいたこと、心より心より感謝しております。
 「政治は汚いもの、だから関わりたくない。」という人がいます。ですがそれは一部の事です。多くの政治家はその志を持って頑張っておられます。「政治に無関心」でいられても、「政治に無関係」ではいられないのが現実です。ことに私たち乳がん患者にとって、がん対策の取り組み、医療制度の問題、未承認薬のこと、無関心ではいられない事ばかりです。また大切なことだから、きっと誰かが声をあげてくれるという他人まかせでは、自らの命を守ることはできません。今、私は、261,210票の重みをしっかりと感じています。もちろんこの票の全てが私を御支援下さっているわけではないとわかっています。現体制への叱責票が多くを占めていることもわかっています。ただ多くの方が、何かを期待してくださったことは確かだったと思います。この票の重みを、決して無駄にすることなく、真摯に受け止めてゆきたいと思っています。
 思い起こせば、政治とは遠いところにいた私に、思いもよらない立候補の要請の連絡が入ったのが、公示まで2か月もない2010年のゴールデンウィーク明け。今まで経験した事も無い、右も左もわからない世界に「志」だけを掲げて立候補。実動40日!知名度のない私にとっては無謀な短期間の挑戦。一日も休むことなく遊説に県内を津路浦々と回らせていただき、県北では、谷あいからのぞむ山々、青々とした水田に、また島しょ部ではおだやかな瀬戸内のたたずまい、そして広島市内の都市部の街並みの美しさに、改めて広島という地の美しさに感動した毎日でした。景色の美しさとともに、人々の心の美しさにも触れ、涙した私は、最後まで「政治家」とはほど遠い素人でした。
 また辛いこともありました。私には、あまちゃんとみほちゃんという、同じ時期にがんの告知を受け治療を始めた同じ年齢の再発患者仲間がいました。私が二つ目の薬剤が効を奏して病状が安定したのとは逆に、彼女たちは進行がんと闘い続け、薬の選択肢もなくなりました。投票日の一週間前にあまちゃんが息をひきとりました。最後まで私のことを気にかけ、意識が朦朧とした状態になっても、うわ言で娘さんに私の動向を尋ねられておられたそうです。「テレビをつけて、けいちゃんが出てるから。新聞を見せて、けいちゃんが載ってない?」と何度も繰り返されたそうです。またみほちゃんは、その後を追うように、投票日の翌日に亡くなりました。みほちゃんからの最後のメールには、「今、声が聞こえた。」という街宣車からの私の声が聞こえたことに対しての喜びの一言が書いてありました。残されたご主人が「これからも応援しています」とおっしゃって下さいました。二人の遺影はとてもチャーミングな素晴らしい笑顔でした。偶然にも、一年前に覚悟をしての撮影だったようでした。「死」を覚悟して、こんなにも自然にカメラに向って笑いかける事がはたして私に出来るかどうか全く自信がありません。彼女たちは何を考え、何を思いながら、一年前に自らの意思でカメラの前に立って、自らの遺影を撮影したのか・・・。その胸中をはかれども、はかりきれません。あまちゃんとみほちゃんの笑顔は、気高く、そして優しく、私の心に残りました。
 実は、3年たっても飲むことができないでいる一本のペットボトルのお茶があります。賞味期限もとっくに過ぎてしまいましたが、大切に冷蔵庫に入れてあります。あまちゃんを最後に見舞ったときに、暑い中の選挙活動が大変だからと持たせてくれたペットボトルなのです。あまちゃん自身、腹水がたまり動くのも辛い状態にあったのに、自分の枕元のペットボトルを持たせてくれたのです。私が「あまちゃんは自動販売機に買いに行くのも辛いだろうから私は大丈夫だよ。」と断ると、「これぐらいしか私にはできないから、せめてお茶の一本だけでも持って行って。」とあまちゃんは言いました。あまちゃんが入院中であるにもかかわらずご紹介者の住所録をFAXしてくださったり、お友達に私の応援の依頼をしてくれていたのを私は知っていましたし、身体もかなり辛いだろうと思うと申し訳ない気持ちで、大切に胸にペットボトルを抱いて帰りました。あまりに私にとっては大切過ぎて今まで飲めないでいました。もうあれから3年。あまちゃんにもらったお茶を思い出の場所に返してきます。そして、また一歩前に踏み出します。
 限りある命、今日一日を愛おしく生き抜き、明日への希望をつなげていこうと思います。「いのちを守り、いのちを救う」活動をこれからも皆さんとともに続けてまいります。私のチャレンジは、始まったばかりなのだから。

ペットボトル


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プロフィール

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1958年5月生まれ
府中中央小学校(安芸郡府中町)、府中中学校、広島県立観音高等学校
1981年 広島女学院大学卒業、
    卒業後住江織物蟠侈
1985年 大阪市立中学校教諭
2003年 乳癌患者友の会「きらら」
    理事長
この頃から「医療=患者+医療提供者+行政でつくるもの」というコンセプトを基に、本格的なピンクリボン活動に奔走。がん検診啓発キャンペーンなど様々なプロジェクトを実践していく。
2008年 広島大学大学院
    総合科学研究科非常勤講師
   (〜2011年)

<家族>
夫、実母
<趣味>
おいしいものを見つけて食べること
花の写真を撮ること
<好きな言葉>
「明日はきっといい日」

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書いた記事数:46 最後に更新した日:2014/07/30

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